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名古屋地方裁判所 平成4年(ワ)808号 判決 1998年3月06日

原告(反訴被告)

パイロットインキ株式会社

右代表者代表取締役

上杉幸生

右訴訟代理人弁護士

久保田穰

増井和夫

被告(反訴原告)

株式会社松井色素化学工業所

右代表者代表取締役

松井幹雄

右訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

主文

一  被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)に対し、金一億六二〇〇万円及びうち金一億三九〇〇万円に対する昭和六〇年一〇月二日から、金二三〇〇万円に対する平成四年二月二二日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  反訴原告(被告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて、被告(反訴原告)の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  本訴

主文同旨

二  反訴

反訴被告は、反訴原告に対し、金二億円及びこれに対する平成二年一〇月二二日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  争いのない事実等

1  原告(反訴被告、以下「原告」という。)は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、この発明を「本件特許発明」という。)の権利者であった。

(一) 発明の名称 示温材料

(二) 出願日 昭和四七年五月三〇日(特願昭四七―五三六四九号)

(三) 公告日 昭和五一年一一月三〇日(特公昭五一―四四七〇六号)

(四) 登録日 昭和五二年六月三〇日

(五) 特許番号  第八六八六八五号

(六) 特許請求の範囲

(1) 訂正前

「(イ)電子供与性呈色性有機化合物と(ロ)フェノール性水酸基を有する化合物と(ハ)アルコール性水酸基を有する化合物の三成分を必須成分とした示温材料」

(2) 訂正後(平成七年一一月二九日訂正審判確定により訂正されたもの、以下「本件訂正」という。)

「(イ)電子供与性呈色性有機化合物と(ロ)フェノール性水酸基を有する化合物と(ハ)n―ドコシルアルコール、n―アイコシルアルコール、n―ステアリルアルコール、n―セチルアルコール、n―ミリスチルアルコール、n―ラウリルアルコール、n―ウンデシルアルコール、n―デシルアルコール、n―ノニルアルコール、n―オクチルアルコールから選んだ一又は二以上の、三成分を必須成分としたマイナス六〇度〜プラス七〇度で加温により消色し冷却により発色する可逆性示温材料」

2  本件特許発明の本件訂正後の構成要件は、次のようなものである(甲三〇ないし三二、弁論の全趣旨)。

(一) 「電子供与性呈色性有機化合物」は、それ自体では色を示さず、電子受容性であるフェノール性水酸基を有する化合物と電子をやり取りして呈色する有機化合物である。

(二) 「フェノール性水酸基を有する化合物」は、芳香族炭化水素に水酸基が結合した化合物である。

(三) 「n―ドコシルアルコール」をはじめとする一〇のアルコールは、いずれも、直鎖状の脂肪族炭化水素に水酸基が結合した化合物である。

(四) 「示温材料」は、温度の変化によって色の変わる材料であり、そのうち、本件特許発明は、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものに限定している。

3  被告(反訴原告、以下「被告」という。)は、次のとおり、示温材料を含む製品を販売した。

(一) 株式会社タカラ(以下「タカラ」という。)に対するクロミック植毛布(合成繊維織物上に毛羽立ち加工をしたもの)の販売

その製品名及びこれに含まれている呈色性化合物は、別表一のとおりである。

(二) 株式会社サンリオ(以下「サンリオ」という。)に対するクロミック植毛布の販売

その製品名及びこれに含まれている呈色性化合物等は、別表二のとおりである(同表4の呈色性化合物については甲一三の一、二による。)。

(三) 株式会社三幸(以下「三幸」という。)に対するクロミック転写シート(紙に模様を印刷しておいて衣料などに転写するシート)の販売

その図柄名は別表三―一、同二のとおりであり、このうち同表三―二の八種類に含まれている呈色性化合物等は、同表記載のとおりである(同表の「プラネット」、「リンゴ」、「ゴルフ アイランド」に少なくとも同表の呈色性化合物が含まれていることについては、弁論の全趣旨による。)。

(四) サンリオに対する別表四記載の各製品の販売

(五) 株式会社コバヤシ(以下「コバヤシ」という。)に対するクロミックPVCコンクゾルの販売

4(一)  コバヤシは、右クロミックPVCコンクゾルを配合した「コバゾール」という名称の塩ビゾルを調製して、これを、キクチ株式会社及びユアサ玩具株式会社に販売し、キクチ株式会社及びユアサ玩具株式会社はコバゾールを使用して玩具を製造し、それらの玩具は、株式会社ツクダオリジナル(以下「ツクダ」という。)から販売された(甲一九、二〇、甲二一の一、二、甲二二、二三)。

(二)  右コバゾールとこれに含有されている示温材料中の呈色性化合物等は、別表五のとおりであり、示温材料は、右クロミックPVCコンクゾルに含まれていたものである(甲一四ないし一八、甲二一の一、二、甲二二ないし二四、弁論の全趣旨)。

二1  本訴は、原告が、被告に対して、本件特許権侵害を理由として、不法行為による損害賠償請求として一億五八〇〇万円(内訳は、タカラへ販売されたクロミック植毛布、昭和五九年九月二七日から昭和六〇年七月二五日までの間にサンリオへ販売されたクロミック植毛布及び三幸へ販売されたクロミック転写シートにつき合計一億三九〇〇万円、コバヤシに販売されたクロミックPVCコンクゾルにつき一四〇〇万円、弁護士費用五〇〇万円)及び不当利得返還請求として四〇〇万円(内訳、昭和六〇年七月二五日より後にサンリオへ販売されたクロミック植毛布及び別表四の各製品についてのもの)並びに右一億三九〇〇万円に対する昭和六〇年一〇月二日から、その余の金額に対する平成四年二月二二日(本件訴状送達の日の翌日)からそれぞれ支払済みまで遅延損害金の請求をする事案である。

反訴は、被告が、原告に対して、不正競争防止法四条、二条一項一一号に基づく二億円の損害賠償請求及びこれに対する遅延損害金の請求をする事案であり、その理由は、原告と被告は、営業上の競争関係にあるところ、原告は、被告が本件特許権を侵害していないにもかかわらず、本件特許権を侵害している旨の虚偽の事実を原告の取引先に告知し、又はその事実を流布したので、被告は、取引先から取引を中止させられる損害(サンリオとの取引を中止させられたことによる損害三億一三二〇万円、タカラとの取引を中止させられたことによる損害一九三二万円、合計三億三二五二万円)を被ったというものである(請求は右損害の一部請求)。

2  本訴及び反訴における争点は、次の各点である。

(一) 原告主張に係る右一3、4の各製品(別表一ないし五の各製品及びクロミックPVCコンクゾル、以下これらを「本件製品」という。)は、特定されているかどうか。

(二) 本件製品が本件特許発明の構成要件に該当するかどうか。殊に、本件特許発明は、全部公知のもので、その技術的範囲は、実施例に限定されるから、本件製品は本件特許発明の構成要件に該当しないということができるかどうか。

(三) 原告による本件特許権行使が権利濫用に当たるかどうか。

(四) 本件特許権侵害行為についての被告の責任

(五) 本件特許権侵害行為によって原告が被った損害

(六) 原告の信用毀損行為とそれによる被告の損害及び時効

第三  当事者の主張及び当裁判所の判断

一  本件製品の特定性について

被告は、「本件製品について、原告は、その構造を特定して主張しておらず、呈色化合物を特定して主張していないものもあるから、本訴においてこれらの製品は特定されていない。」と主張する。

しかし、特許権侵害を理由とする損害賠償請求において、対象となる製品は、それが他の製品と区別することができる程度に特定されれば、特定としては十分であるところ、本件製品については、製品名及び販売先が特定されているから、これで、製品の特定としては、十分であるということができる。

二  本件製品の本件特許発明の構成要件該当性について

1  別表一、二(10を除く>、三―二について

証拠(甲二、三一、三二)と弁論の全趣旨によると、別表一、二(10を除く)、三―二の呈色性化合物は、それ自体では色を示さず、フェノール性水酸基を有する化合物と電子をやり取りして発色する有機化合物であると認められるから、電子供与性呈色性有機化合物に該当する。

証拠(甲二、三一、三二)と弁論の全趣旨によると、右各別表のビスフェノールAは、フェノール性水酸基を有する化合物であり、セチルアルコール及びミリスチルアルコールは、本件特許発明の構成要件であるアルコールに該当するものと認められる。

証拠(甲三三)と弁論の全趣旨によると、右各別表の各製品は、いずれも、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであることが認められる。

2  別表二の10について

証拠(甲八の一、二)と弁論の全趣旨によると、別表二の10の製品は、別表二の1ないし9の各製品と同時期に被告がサンリオに販売したこれらと同種の製品で、温度の変化によって変色するものであることが認められる。そして、別表二の10の製品には、右のとおりフェノール性水酸基を有する化合物とアルコールが含まれている。これらのことに、別表二の10の製品に電子供与性呈色性有機化合物が含まれないことについて被告が積極的な主張立証を全くしないことを総合すると、右製品には、それ自体では色を示さず、フェノール性水酸基を有する化合物との電子のやり取りによって発色し、発色がアルコールによってコントロールされる「電子供与性呈色性有機化合物」が含まれるものと認めることができる。また、以上の認定事実に、別表二の10の製品がマイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で加温により消色し冷却により発色する可逆性のものであると認めることができる。

3  別表三―一について

証拠(乙六六、証人佐々木修)と弁論の全趣旨によると、別表三―一の製品は、別表三―二の各製品と同時期に被告が三幸に販売したこれらと同種の製品で、温度の変化によって変色するものであることが認められるところ、別表三―二の各製品は、右のとおり、すべて電子供与性呈色性有機化合物、ビスフェノールA並びにセチルアルコール及びミリスチルアルコールという組成からなっており、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであると認められる。そして、この事実に、被告が、別表三―一の製品の組成やマイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で加温により消色し冷却により発色する可逆性のものでないことについて、積極的な主張立証を全くしないことを総合すると、右の各製品は、電子供与性呈色性有機化合物、ビスフェノールA並びにセチルアルコール及びミリスチルアルコールを含み、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであると認めることができる。

4  別表四について

証拠(甲八の一、二)と弁論の全趣旨によると、別表四の各製品は、別表二の各製品と同じころに被告がサンリオに販売した製品で、温度の変化によって変色する製品であることが認められるところ、別表二の各製品は、右のとおり、すべて電子供与性呈色性有機化合物、ビスフェノールA並びにセチルアルコール及びミリスチルアルコールという組成からなっており、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであると認められる。そして、この事実に、被告が、別表四の各製品の組成やマイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で加温により消色し冷却により発色する可逆性のものでないことについて、積極的な主張立証を全くしないことを総合すると、右の各製品は、電子供与性呈色性有機化合物、ビスフェノールA並びにセチルアルコール及びミリスチルアルコールを含み、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであると認めることができる。

5  別表五について

証拠(甲二、三一、三二)と弁論の全趣旨によると、別表五の1ないし6記載の呈色性化合物は、それ自体では色を示さず、フェノール性水酸基を有する化合物と電子をやり取りして発色する有機化合物であると認められるから、電子供与性呈色性有機化合物に該当する。

証拠(甲二、三一、三二)と弁論の全趣旨によると、別表五の1ないし6の各製品に含まれているビスフェノールAは、フェノール性水酸基を有する化合物であり、これらの各製品に含まれているラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール及びステアリルアルコールは、本件特許発明の構成要件であるアルコールに該当するものと認められる。

証拠(甲三三)と弁論の全趣旨によると、別表五の1ないし6の各製品は、いずれも、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであることが認められる。

また、証拠(甲二一の一、二、甲二二、二三)によると、別表五の7ないし9の各製品は、別表五の1ないし6の各製品と同時期にコバヤシによって販売されたこれらと同種の一連の製品であることが認められる。そして、この事実に、被告が別表五の7ないし9の各製品の組成やマイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で加温により消色し冷却により発色する可逆性のものでないことについて、積極的な主張立証を全くしないことを総合すると、右の製品は、電子供与性呈色性有機化合物、ビスフェノールA並びにラウリルアルコール、ミリスチルアルコール、セチルアルコール及びステアリルアルコールを含み、マイナス六〇度からプラス七〇度の範囲の温度で、加温により消色し、冷却により発色する可逆性のものであると認めることができる。

6  したがって、本件製品には、本件特許発明の構成要件に該当する示温材料が含まれているものと認められる。

三  本件特許発明は、全部公知である旨の被告の主張について

1  被告は、本件特許発明は、本件訂正の前のものも訂正後のものも、本件特許出願前に日本国内において頒布されたアメリカ特許第三五六〇二二九号公報(以下、これを「アメリカ特許公報」という。)において、全部開示されたもので、いわゆる全部公知の発明であるから、本件特許発明の技術的範囲は、実施例に限定されるところ、本件製品は、本件特許発明の実施例のいずれにも当たらないと主張する。

2  そこで、判断するに、

(一) 証拠(甲一一、乙一)と弁論の全趣旨によると、アメリカ特許公報の発明は、「無色又は淡色の呈色性ラクトン化合物及び反応性フェノール化合物を包含する発色組成物」並びに「該組成物を調製し、かつ発色組成物中に、ある有機溶媒を包含させることにより、熱又は水の存在で色相の発色性及び安定性を調節する方法」に関する発明であり、「複写、複製、証券用紙の分野に利用することができ、温度及び湿度に応じて色の形成を調整するのが望ましい技術の領域に特段の特徴がある」ものとされていることが認められる。

(二) アメリカ特許公報において開示されている呈色性化合物とフェノール化合物が、それぞれ本件特許発明における電子供与性呈色性有機化合物とフェノール性水酸基を有する化合物と共通するものであることは、当事者間に争いがない。

(三) 証拠(甲一一、乙一)と弁論の全趣旨によると、アメリカ特許公報には、呈色性化合物とフェノール化合物の組成物から顕色される濃い色の発色、消色及び(又は)永久発色が、熱又は水の存在下において、発色組成物中に予定した有機溶剤を包含させることにより調節できる旨の記載、有機溶媒は、「グリコール、グリコール・エーテル、ハロゲン化ビフェニル、ビフェニル・エテール、芳香族エステル型可塑剤、脂肪族エステル型可塑剤、蒸気圧の低い他の溶剤」である旨の記載、グリコール・エーテルを発色組成物に添加して、一五〇度以上に熱すると、濃い色が発色し、冷却しても消色しない旨の記載、フェノール化合物が室温で液体か又は溶剤に溶解されているときに、発色組成物の液の濃い色が一三〇度で消失し、冷却すると再び現れることがあるが、この組成物において、溶剤は、フェノール化合物が室温で液体でないときに必要になるにすぎず、溶剤が、発色に対し、抑制したり、他の影響を及ぼすものではなく、熱の適用下における一時的な色の消失は、液相又は融解相におけるフェノール化合物の特性である旨の記載、有機溶剤が発色状態を抑制、変更、促進するメカニズムは、多数の異論があり、真のメカニズムを確信をもって示すことはできないが、溶剤の極性及び親水性の程度は関係しているようである旨の記載があることが認められる。

右認定の事実からすると、アメリカ特許公報には、呈色性化合物とフェノール化合物からなる組成物に有機溶剤を加えたものが、熱によって変色することがあること及び呈色性化合物とフェノール化合物からなる組成物に有機溶剤を加えたものが一三〇度で可逆的な色の変化を生じる事例があることについての記載があるということができる。そして、証拠(甲一一、乙一)によると、右公報は、右事例において用いられる有機溶剤の一つとして、「citrates」を挙げていることが認められるが、弁論の全趣旨によると、「citrates」という言葉によって包含される物質の中には、アルコール性水酸基を有する化合物があることが認められる。

(四) そうすると、アメリカ特許公報には、電子供与性呈色性有機化合物、フェノール性水酸基を有する化合物、アルコール性水酸基を有する化合物の三成分を必須成分とした示温材料が既に開示されていたものと認められるから、本件訂正前の本件特許発明は、出願前に既に公知であったということができる。

この点について、原告は、「本件特許発明の特徴は、電子供与性呈色性有機化合物とフェノール性水酸基からなる化合物にアルコールを組み合せ、それらの三成分を初めから混合しておくことにより、変色する温度及び色の種類の組合せを自由自在に調節することができるようにしたことにある。これに対し、アメリカ特許公報の発明は、その構成において基本的に呈色性化合物とフェノール性化合物のみを用いるものであり、それらを別々に調製し、発色させたいときに両者を接触させると、発色する又は色が濃くなるという発明であって、発色に必要な温度域を自由に調節するという思想はない。もっとも、アメリカ特許公報には、有機溶剤を用いる実施態様も記載されているが、有機溶剤はあくまでも補助的な役割の『溶剤』であり、必須の成分ではなく、それによる発色温度の調節ということは全く意識されていない。したがって、本件特許発明がいわゆる全部公知の発明であるということはできない。」と主張する。

確かに、証拠(甲二)によると、本件訂正前の発明の詳細な説明には、本件特許発明は、三成分を初めから混合しておくもので、変色する温度及び色の種類の組合せを自由自在に調節することができる点に特徴がある旨の記載があるが、特許請求の範囲には、その旨の記載がないから、本件訂正前の本件特許発明をそのように限定して解することはできない。したがって、アメリカ特許公報に、右のような技術が開示されていたかどうかにかかわらず、本件特許発明が公知でないということはできない。また、右(三)認定の事実からすると、右(三)の一三〇度で色の変化を生じる事例において、有機溶剤は、あくまでも「溶剤」であり、それによる発色温度の調整ということは意識されていないということができるが、本件訂正前の特許請求の範囲に、有機溶剤の作用が発色温度の調整に限られる旨の記載はないから、本件訂正前の本件特許発明をそのように限定して解することもできない。

(五)  本件訂正後の本件特許発明は特定のアルコールを用いることを必須要件としているが、証拠(甲一一、乙一)と弁論の全趣旨によると、アメリカ特許公報には、本件特許発明で用いている特定のアルコールを用いることについての記載はないものと認められる。また、証拠(甲一一、乙一)と弁論の全趣旨によると、アメリカ特許公報には、熱による可逆的な色の変化の事例としては、右(三)認定の事例が挙げられているのみであることが認められるところ、この事例は、色が変化する温度(一三〇度)が本件訂正後の本件特許発明の温度(マイナス六〇度からプラス七〇度)の範囲外である。これらのことからすると、本件訂正後の本件特許発明については、公知であったということはできない。

なお、被告は、「本件特許発明において用いられるアルコールは、特定されているが、他方、アメリカ特許公報においては、有機溶剤に関して、『グリコール、グリコール・エーテル、ハロゲン化ビフェニル、ビフェニル・エーテル、芳香族エステル型可塑剤、脂肪族エステル型可塑剤、蒸気圧の低い他の溶剤』とされていて、広い範囲の有機溶剤が挙げられており、本件特許発明において特定されたアルコールは、右有機溶剤に含まれるから、本件訂正後の本件特許発明は、アメリカ特許公報に開示されている。」と主張する。確かに、右(三)認定のとおり、アメリカ特許公報には、有機溶剤について被告が主張するような記載があるが、有機溶剤が、溶質を溶解させるために用いる有機系の薬剤の総称というきわめて広い概念であることからすると、右特定のアルコールが有機溶剤に含まれるとしても、アメリカ特許公報に右特定のアルコールを用いることまで開示されているということはできない。

(六) したがって、本件訂正後の本件特許発明の技術的範囲が実施例に限定される旨の被告の主張は、その前提を欠き、失当である。

四  権利濫用について

1  被告は、原告が本件特許権を行使することは、次のような事実からすると、権利の濫用であると主張する。

(一) 本件特許発明は、アメリカ特許公報に記載されている技術内容と酷似している。すなわち、構成が同一であることはもとより、作用効果についても同一である。したがって、原告が、アメリカ特許公報の発明を知った上で、それに酷似する本件特許権の出願をしたことは明白である。

(二) 本件特許公報に列挙されている実施例中には、同一の組成を有しているにもかかわらず異なった変色温度を示すもの、作用効果を奏しないもの、公報に矛盾した記載があるものなどがあり、その明細書がいかに杜撰に作文されたものであるかがわかる。

(三) 本件特許発明は、通常欠かすことができない発明の動機が極めて不確かである。

(四) 他方、被告は、自ら研究開発をして、被告製品を製造販売している。

2  しかしながら、右三2(四)認定のとおり、本件訂正前の発明の詳細な説明には、本件特許発明は、変色する温度及び色の種類の組合せを自由自在に調節することができる点に特徴がある旨の記載があることが認められる上、証拠(甲二)によると、右発明の詳細な説明には、変色する温度及び色の種類の組合せが異なる多くの実施例の記載があることが認められる。また、証拠(甲三一、三二)によると、本件訂正後の発明の詳細な説明にも、同様の記載があることが認められる。しかるところ、証拠(甲一一、乙一)と弁論の全趣旨によると、アメリカ特許公報には、右のような趣旨の記載や実施例の記載はないものと認められるから、本件特許権が、アメリカ特許公報をそのまま引き写して出願されたものであるということは到底できない。

また、証拠(甲二、二六、三一、三二、乙四五)と弁論の全趣旨によると、本件訂正前の発明の詳細な説明に記載されている実施例の一部のものに、同一の組成を有しているにもかかわらず異なった変色温度を示すもの、作用効果を奏しないもの、公報に矛盾した記載があるものがあることが認められるが、そのことのみで、右実施例の記載全体が杜撰であるということはできない。

さらに、証拠(乙二二、二三、証人中筋憲一)によると、本件特許発明の発明者は、発明の動機やその経緯について説明していることが認められる。

以上の事実を総合すると、被告が自ら研究開発をして本件製品を製造販売しているかどうかにかかわらず、原告による本件特許権の行使が権利の濫用であるということはできない。

五  被告の責任について

1  被告は、「本件製品が本件特許発明の技術的範囲に属するものであるとしても、本件訂正前の本件特許発明は、いわゆる全部公知の発明であるから、本件製品の販売が本件訂正前の本件特許発明に係る特許権を侵害することはない。したがって、本件訂正前にされた本件製品の販売について、被告に故意、過失はない。」と主張する。

2  たしかに、右三2(四)で認定したとおり、本件訂正前の本件特許発明は、アメリカ特許公報に開示されていた公知の発明であったことが認められる。そして、そのような公知の発明については、特許権を取得したとしても、その権利行使をすることができない又はその技術的範囲は実施例に限定されるとの考え方がある。そのような考え方の当否はともかく、仮にそのような説に立ったとしても、次のとおり、被告には、過失があるものというべきである。

(一) 特許権者は、訂正審判を求めることができ、訂正を認容する審決が確定すれば、特許出願以降の手続が、訂正後の明細書等でされたものとみなされる。

(二) 本件製品に含まれているアルコールは、証拠(甲一一、乙一)と弁論の全趣旨によると、それ自体としては、アメリカ特許公報に開示されていなかったものと認められる上、右二認定のこれらの製品の変色温度も、アメリカ特許公報に開示されていた可逆的な事例の変色温度(一三〇度)とは異なっていたのであるから、特許請求の範囲のアルコールや変色温度を限定するような形で、明細書を訂正すれば、本件特許発明が出願時に公知のものにならず、かつ、本件特許発明の技術的範囲に本件製品が含まれることとすることができたものであり、現に、原告は、そのような訂正をしている。

被告としては、原告が行う具体的な訂正内容まで予測することはできないとしても、アメリカ特許公報の記載が右のようなものであったことや証拠(乙二ないし四)によると、原告は、「一つ又はそれ以上の電子供与性呈色性有機化合物、一つ又はそれ以上のフェノール性水酸基を有する化合物、一つ又はそれ以上のアルコール、エステル、ケトン、エーテルから選ばれた化合物を必須成分として含有する示温材料」という発明についてアメリカ合衆国において特許の出願をしたが、一旦拒絶され、一九七七年(昭和五二年)に、アルコールを特定のものに限定し変色温度を限定するなどして特許が認められたことが認められることに照らすと、原告が特許請求の範囲のアルコールや変色温度を限定するような形で明細書を訂正することは、予測することができたものというべきである。

そうすると、そのような訂正の可能性を考慮することなく、製品を販売した被告には、過失があるものというべきである。

六  原告の損害(損失)について

1  損害賠償請求について

(一) クロミック植毛布について

(1) 証拠(甲三、四、四一、四二、四三、四五ないし四七、検甲九、一〇)と弁論の全趣旨によると、原告は、昭和五九年二月から示温材料を用いた熱変色性の植毛布の開発を開始し、同年六月ころから、それを用いて「まほうのふわっぴー」という名称の風呂で遊ぶことができるぬいぐるみを製造販売するとともに、植毛布のみの販売も行っていたこと、右植毛布には、電子供与性呈色性有機化合物とフェノール性水酸基を有する化合物とn―ステアリルアルコールとn―セチルアルコールを含みマイナス六〇度からプラス七〇度の範囲内で加温により消色し冷却により発色する可逆性示温材料が含まれていたこと、以上の各事実が認められる。

他方、被告がタカラヘクロミック植毛布を販売したのは、昭和五九年一一月から昭和六〇年一月までであり(この事実は当事者間に争いがない)、証拠(甲七)と弁論の全趣旨によると、タカラは、これを用いてぬいぐるみを製造して販売していたことが認められる。また、被告がサンリオヘクロミック植毛布を販売したのは、昭和五九年九月二七日からであり(この事実は当事者間に争いがない)、原告は、同日から昭和六〇年七月二五日までの間に販売されたものについて損害賠償を請求しており、証拠(甲八の一、検甲三、四)と弁論の全趣旨によると、サンリオは、これを用いてぬいぐるみを製造して販売していたことが認められる。

そうすると、原告は、被告がタカラ及びサンリオに対してクロミック植毛布を販売した右期間において、クロミック植毛布又はそれを用いた製品と競合する本件特許発明の実施品を製造販売していたということができるので、被告によるクロミック植毛布の販売という本件特許権侵害行為によって、それらの原告製品の売上げが減少する損害を被ったものと認められ、被告が本件特許権侵害行為によって得た利益の額をもって原告が被った損害額と推定することができる。

(2) 被告がタカラヘクロミック植毛布を販売することによって得た利益の額

被告が、昭和五九年一一月から昭和六〇年一月までの間に、タカラに対して販売したクロミック植毛布の販売量が、三万メートルであったことは、当事者間に争いがなく、証拠(甲七)と弁論の全趣旨によると、右クロミック植毛布は、別表一記載のクロミック植毛布であり、その販売額は、合計五二五〇万円(販売単価一メートル当たり一七五〇円)であったことが認められる。

証拠(乙七一)によると、当時被告が販売していた一〇種類のクロミック植毛布の一メートル当たりの原価の平均額は、八五五円であったことが認められるところ、別表一記載のクロミック植毛布が右一〇種類のクロミック植毛布のいずれに該当するかは、本件全証拠によるも、正確には明らかでない上、証拠(乙六二、六四、七一)によると、右の一〇種類のクロミック植毛布の一メートル当たりの原価は、最も高いもので八八〇円、最も低いもので八三七円であって、それほど違いがないことが認められるので、これらのことを考慮して、被告が得た利益の額の算定に当たって、別表一記載のクロミック植毛布の原価について、右平均額八五五円を用いることとする。

また、証拠(乙五三の三)によると、被告の第一九期(昭和五九年一一月から昭和六〇年一〇月まで)における営業費の売上高に対する割合は、約16.7パーセントであったことが認められる。

以上述べたところを総合すると、被告がタカラヘクロミック植毛布を販売することによって得た一メートル当たりの純利益の額は、一から0.167を差し引いた数値(0.833)を一七五〇円に乗じた額から八五五円を差し引いた六〇三円となり、これに三万を乗ずると、合計では一八〇九万円となる。

なお、原告は、純利益を算定するに当たって、右営業費からクロミック植毛布を販売しなくても発生した費用(例えば、本社の人事、経理等の費用)を除いた営業費を控除すべきであると主張するが、そのような費用も、間接的ではあっても、クロミック植毛布の販売による利益をあげるために必要な費用ということができるから、純利益を算定するに当たっては、そのような費用についても控除すべきであり、原告の右主張を採用することはできない。

(3) 被告がサンリオへクロミック植毛布を販売することによって得た利益の額

被告が、昭和五九年九月二七日から昭和六〇年七月二五日までの間に、サンリオに対して、クロミック植毛布を販売し、その販売量が、39万4251.9メートルであったことは、当事者間に争いがなく、証拠(甲八の一、二)と弁論の全趣旨によると、右クロミック植毛布は、別表二記載のクロミック植毛布であり、販売額は、合計六億三〇八〇万三〇四〇円(販売単価一メートル当たり一六〇〇円)であったことが認められる。

右(2)のとおり、当時被告が販売していた一〇種類のクロミック植毛布の一メートル当たりの原価の平均額は、八五五円であったことが認められる。

また、右(2)のとおり、被告の第一九期における営業費の売上高に対する割合は、約16.7パーセントであり、証拠(乙五二の三)によると、被告の第一八期(昭和五八年一一月から昭和五九年一〇月まで)における営業費の売上高に対する割合は、約18.4パーセントであったことが認められ、これらを右販売期間(16.7パーセントにつき九か月、18.4パーセントにつき一か月)に応じて平均すると、約16.9パーセントとなる。

以上述べたところを総合すると、被告がサンリオへクロミック植毛布を販売することによって得た一メートル当たりの純利益の額は、一から0.169を差し引いた数値(0.831)を一六〇〇円に乗じた額から八五五円を差し引いた四七四円となり、これに39万4251.9を乗ずると、合計では一億八六八七万五四〇〇円となる。

(4) 原告の損害額

証拠(乙七三、七九、九二、九四、九五、検甲八、検乙一、二、証人佐々木修)によると、被告のクロミック植毛布は、基布の上に、示温材料の入ったマイクロカプセルを含有する接着剤を塗り、その上にパイルを植毛したものであること、被告は、示温材料をマイクロカプセル化するために、独自の耐久性の高いマイクロカプセルを開発し、それをクロミック植毛布に用いていること、被告は、その他、布の色を均一でむらのないものにするため、基布の厚さを一定に保つ技術を開発したり、適切な接着剤やパイルを選択したり、基布の上に接着剤を均一に塗布する技術を開発するなどして、クロミック植毛布を製品化したこと、クロミック植毛布は、風呂で遊ぶことができるぬいぐるみに使われたこと、以上の各事実が認められる。

しかしながら、クロミック植毛布は、温度によって色が変わることに最大の特徴があることは明らかである。また、右(1)認定のとおり、原告も、昭和五九年六月ころから、風呂で遊ぶことができる熱で色が変わる植毛布を用いたぬいぐるみを製造販売しているのであり、この事実に証拠(甲三九)を総合すると、右の被告が開発した技術を用いないと、このようなぬいぐるみを製造することができなかったとまでは認められない。

以上を総合すると、被告がタカラヘクロミック植毛布を販売することによって得た純利益の合計額一八〇九万円の七〇パーセントに当たる一二六六万三〇〇〇円及び被告がサンリオへクロミック植毛布を販売することによって得た純利益の合計額一億八六八七万五四〇〇円の七〇パーセントに当たる一億三〇八一万二七八〇円の合計一億四三四七万五七八〇円が、被告が本件特許権侵害によって得た利益の額と認められ、これが原告の損害額であると推定される。

なお、原告は、クロミック植毛布の商品価値は、もっぱら示温材料による変色能力に依存しているから、被告が得た純利益の金額をそのまま被告が本件特許権侵害によって得た利益の額と認めるべきであると主張するが、右認定のとおり、被告のクロミック植毛布には、被告独自の技術も用いられているのであるから、この主張を採用することはできない。また、原告は、昭和五九年から昭和六〇年にかけての一般の植毛布の販売価格は一メートル当たり八八〇円程度であり、その純利益の額は、その一〇パーセントに当たる八八円を上回ることはないから、それを超える利益は、被告が本件特許権侵害によって得た利益の額と認めるべきであるとも主張するが、右の販売価格、純利益の割合のいずれについても、証人中筋憲一の証言及び同人の陳述書(甲二五、三六)が存するのみで、それ以上に証拠は存しないから、いまだ右の販売価格及び純利益の割合を基に、被告が本件特許権侵害によって得た利益の額を算定することはできない。

(二) クロミック転写シートについて

(1) 弁論の全趣旨によると、原告は、示温材料を用いた転写シート又はこれに類する製品を製造販売したことはなかったものと認められるから、クロミック転写シートについては、被告が本件特許権侵害行為を行わなかったならば、原告は、同種又は競合する製品を販売することができたものとは認められない。したがって、被告がクロミック転写シートの販売によって得た利益の額をもって原告の損害額と推定することはできない。

もっとも、原告は、実施料相当額を、自己が受けた損害の額として、その賠償を請求することができるので、次に、この点について判断する。

(2) 被告は、三幸へ販売したクロミック転写シートの販売量は、三四五〇枚、販売額の合計は、一三八万円(販売単価一枚当たり四〇〇円)であると主張している。これに対し、証拠(甲九)によると、三幸は、原告に対し、昭和六〇年七月四日付けで、被告から購入したクロミック転写シートの購入実績は、約一三〇〇万円である旨回答していることが認められ、原告は、被告が三幸へ販売したクロミック転写シートの販売額は、右回答書にあるとおり一三〇〇万円であると主張している。

右回答について、被告は、右の金額の大部分は製版代であり、クロミック転写シート自体の販売量、販売額は、右のとおりであると主張しているところ、以上の被告の主張を覆すに足りる証拠はないから、被告が三幸へ販売したクロミック転写シートの販売量、販売額については、右の被告主張の限度で認めることとし、原告の右主張を採用することはできない。また、その時期については、右回答書の日付に弁論の全趣旨を総合すると、昭和六〇年七月四日までの間であると認められる。

証拠(甲三八、証人中筋憲一)によると、原告は、本件特許発明に係るインキを使用して紙コップ類を製造販売することを、ある者に許諾し、その対価として、販売価格の五パーセントの実施料を受領していたことが認められる。また、証拠(乙七二、六五)によると、被告が販売していたクロミック転写シートの一枚当たりの原価の平均額は、二三四円であったことが認められるから、クロミック転写シートの一枚当たりの販売価格四〇〇円から、右原価の額及び右(一)(2)の被告の第一九期における営業費の売上高に対する割合(16.7パーセント)を右四〇〇円に乗じた額を差し引いて、被告が三幸ヘクロミック転写シートを販売することによって得た純利益の額を求めると、一枚当たり九九円となり、これは、右販売金額の約二四パーセントに相当する。そして、以上述べたところに、クロミック転写紙は、温度によって色が変わることに最大の特徴があるものと考えられるから、本件特許発明は、クロミック転写紙の販売に欠かせないものであることを考慮すると、実施料の額は、右販売額の五パーセントと認めるのが相当である。

したがって、原告の損害額は、六万九〇〇〇円となるところ、これを右(一)のクロミック植毛布についての損害額一億四三四七万五七八〇円と合計すると、一億四三五四万四七八〇円となり、請求額一億三九〇〇万円を上回る。

(三) クロミックPVCコンクゾル及びコバゾールについて

(1) 被告はコバヤシに対してクロミックPVCコンクゾルを販売していた以上、コバヤシがそれを使用して温度によって色が変化する製品を製造販売することを知ることができたものというべきである(乙一〇二には、コバゾールは、新規企画商品であり、機密保持の必要があったので、コバヤシは、被告に対してクロミックPVCコンクゾルをいかなる用途に用いるか説明しなかった旨の記載があるが、仮にそうであるとしても、コバヤシがクロミックPVCコンクゾルを購入する以上、被告は、コバヤシがそれを使用して温度によって色が変化する製品を製造販売することを知ることができたものというべきである。)。そして、被告は、それを知りながら、コバヤシに対してクロミックPVCコンクゾルを販売していたのであるから、被告は、コバヤシによるコバゾールの製造販売を幇助したものということができる。したがって、被告は、コバヤシによるコバゾールの製造販売について、共同不法行為責任を負うべきである。

(2) 証拠(甲四四、四七、検甲一一)と弁論の全趣旨によると、原告は、昭和六二年一一月から、示温材料を含有するゾルを製造して、下請先に供給し、下請先において、これと塩ビゾルを混合し、成形して、「スーパーボール」という、小さいボールを水に浮かべてすくって遊ぶ玩具を製造し、これを原告が販売していたこと、右ゾルに含有されていた示温材料は、電子供与性呈色性有機化合物とフェノール性水酸基を有する化合物とn―ステアリルアルコールとn―セチルアルコールを含みマイナス六〇度からプラス七〇度の範囲内で加温により消色し冷却により発色する可逆性のものであったこと、以上の各事実が認められる。以上の事実によると、原告は、昭和六二年一一月から、本件特許発明の実施品である示温材料を含むゾルを製造し、それと塩ビゾルを混合し成形した玩具を販売していたものと認められる。

他方、証拠(甲二一の一、二、検甲六)と弁論の全趣旨によると、コバヤシは、別表五の1の製品を、昭和六二年七月から平成三年一一月までの間に、キクチ株式会社に販売し、同社では、これを使用して、色がわり人形「マイムーニー」という玩具を製造したこと、コバヤシは、別表五の2、3、6ないし9の各製品を、昭和六三年一一月から平成三年二月までの間に、ユアサ玩具株式会社に販売し、同社では、これを使用して「色がわりどうぶつ」という玩具を製造したこと、以上の各事実が認められる。また、弁論の全趣旨によると、コバゾールは、比較的短期間で製造することができるものと認められるから、被告がコバヤシにクロミックPVCコンクゾルを売却した時期は、右のコバヤシがその製品を販売した時期とほぼ同じ時期であると推認することができる。

原告の販売していた「スーパーボール」と色がわり人形「マイムーニー」や「色がわりどうぶつ」は、温度によって色が変わり、風呂等で遊ぶ玩具という点では共通しており、この点においては、競合製品であるということができる。また、原告は、昭和六二年一一月以降においては、本件特許発明の実施品である示温材料を含有するゾルを製造しており、それに塩ビを混合したゾルも下請先において製造していたから、その種の製品の注文があれば、直ちにこれに応じることができたものと推認することができる。以上のような事情からすると、原告は、昭和六二年一一月以降においては、被告がクロミックPVCコンクゾルを、コバヤシがコバゾールを販売するという本件特許権侵害行為によってその製品の売上げが減少する損害を被ったものと認められ、被告及びコバヤシが本件特許権侵害行為によって得た利益の額をもって原告が被った損害額と推定することができる。

しかし、昭和六二年一〇月以前については、原告が、被告がクロミックPVCコンクゾルを、コバヤシがコバゾールを販売するという本件特許権侵害行為によってその製品の売上げが減少する損害を被ったものと認めることはできず、被告及びコバヤシが本件特許権侵害行為によって得た利益の額をもって原告が被った損害額と推定することはできない。

(3) 被告がコバヤシに販売したクロミックPVCコンクゾルの販売額の合計が一八三三万円であったことは、当事者間に争いがなく、この事実に証拠(甲二一の一、二、二二、二三、二五、三六、乙七二)と弁論の全趣旨を総合すると、被告は、コバヤシに対して、クロミックPVCコンクゾル二八二〇キログラムを販売し、販売額の合計は一八三三万円(一キログラム当たり六五〇〇円)であったこと、コバヤシは、右クロミックPVCコンクゾルを使用して、別表五の1ないし3、6ないし9の各製品(コバゾール)を製造販売したこと、コバヤシが別表五の1の製品を昭和六二年七月から同年一二月までの間にキクチ株式会社に販売した販売量は、四二〇〇キログラム、販売額の合計は、一九三万二〇〇〇円(一キログラム当たり四六〇円)であったこと、コバヤシが別表五の1の製品を昭和六三年一月から平成三年一一月までの間にキクチ株式会社に販売した販売量は、八万六八七〇キログラム、販売額の合計は、三九九六万〇二〇〇円(一キログラム当たり四六〇円)であったこと、コバヤシが、別表五の2、3、6ないし9の各製品を、昭和六三年一一月から平成三年二月までの間にユアサ玩具株式会社に販売した販売量は、一万五九〇〇キログラム(内訳は、別表六の販売数量欄記載のとおり)、販売額の合計は、一一九二万五〇〇〇円(一キログラム当たり七五〇円)であったこと、被告がコバヤシに販売した右クロミックPVCコンクゾルの原価の合計は、三二五万九八六〇円であったこと、以上の各事実が認められる。

(4) コバヤシが昭和六二年七月から同年一二月までの間にキクチ株式会社に販売した別表五の1の製品四二〇〇キログラムを除く他のコバゾール一〇万二七七〇キログラムの原料たるクロミックPVCコンクゾルは、昭和六二年一一月以降に販売されたものと推認することができるところ、証拠(甲二二)によると、別表五の1の製品には、クロミックPVCコンクゾルが2.5パーセント含まれているものと認められるから、昭和六二年一一月以降に販売されたクロミックPVCコンクゾルの販売量は、総販売量二八二〇キログラムから、一〇五キログラム(右四二〇〇キログラムに0.025を乗じたもの)を差し引いた二七一五キログラム、販売額は、一七六四万七五〇〇円(一キログラム当たり六五〇〇円)となる。

証拠(乙七二)によると、別表五の1の製品の原料たるクロミックPVCコンクゾルの原価は、一キログラム当たり一一六五円であると認められるので、昭和六二年一一月以降に販売されたクロミックPVCコンクゾルの原価の額は、一一六五円に一〇五を乗じたものを原価の総額三二五万九八六〇円から差し引いた三一三万七五三五円となる。

また、証拠(乙五六の二、乙五七の二、乙五八の三、乙五九の二)によると、被告の第二二期(昭和六二年一一月から昭和六三年一〇月まで)における営業費の売上高に対する割合は、約20.2パーセント、被告の第二三期(昭和六三年一一月から平成元年一〇月まで)における営業費の売上高に対する割合は、約22.9パーセント、被告の第二四期(平成元年一一月から平成二年一〇月まで)における営業費の売上高に対する割合は、約22.9パーセント、被告の第二五期(平成二年一一月から平成三年一〇月まで)における営業費の売上高に対する割合は、約15.9パーセントであったことが認められ、これらを平均すると、約20.5パーセントとなる。以上の事実に弁論の全趣旨を総合すると、被告がコバヤシに販売したクロミックPVCコンクゾルの純利益の額を算定するに当たって差し引くべき営業費の額は、売上高の二〇パーセントと認めるのが相当である。

以上述べたところを総合すると、被告が昭和六二年一一月以降にクロミックPVCコンクゾルを販売することによって得た純利益の額は、一から0.2を差し引いた数値(0.8)を一七六四万七五〇〇円に乗じた額から三一三万七五三五円を差し引いた一〇九八万〇四六五円となる。

クロミックPVCコンクゾルについては、右(一)のクロミック植毛布とは異なり、これを製品化するに当たって被告が独自の技術を開発したといった事情も認められないから、右純利益の額をもって原告の損害額であると推定することとする。

(5) 証拠(甲二二、二五)によると、コバゾールのクロミックPVCコンクゾル以外の原料の原価は、一キログラム当たり一八五円であり、これにクロミックPVCコンクゾルの価格を加えて原価を求めると別表六の原価欄記載のとおりになることが認められる。

コバヤシが昭和六二年七月から同年一二月までの間にキクチ株式会社に販売した別表五の1の製品四二〇〇キログラムを除く他のコバゾールの販売量は、一〇万二七七〇キログラムであり、その販売額は五一八万八五二〇〇円であると認められる。そして、これについてのコバヤシの利益(販売額から原価を差し引いたもの)の額は、別表六の「利益金額」欄記載の金額合計一六二〇万四二九〇円から四九万一四〇〇円(四六〇円から三四三円を差し引いた金額に四二〇〇を乗じたもの)を差し引いた一五七一万二八九〇円となる。

コバヤシの営業費の額については、直接これを証する証拠はないが、右(4)認定の被告の営業費の割合と弁論の全趣旨により、コバヤシの純利益の額を算定するに当たって差し引くべき営業費の額については、売上高の二〇パーセントと認める。

以上述べたところを総合すると、コバヤシが昭和六二年一一月以降にコバゾールを販売することによって得た純利益の額は、五一八八万五二〇〇円に0.2を乗じた額を右一五七一万二八九〇円から差し引いた五三三万五八五〇円となり、右純利益の額をもって原告の損害額であると推定することとする。

(6) コバヤシが昭和六二年七月から同年一二月までの間にキクチ株式会社に販売した別表五の1の製品四二〇〇キログラム及び被告がコバヤシに販売したこれの原料たるクロミックPVCコンクゾル一〇五グラムについては、それらが同年一一月以降に販売されたとまで認めるに足りる証拠はない。

したがって、原告は、これらについては、被告及びコバヤシが本件特許権侵害行為によって得た利益の額をもって原告が被った損害額と推定することはできないが、原告は、実施料相当額を、自己の損害としてその賠償を請求することができる。

ところで、右(二)(2)認定のとおり、原告は、契約により、販売価格の五パーセントの実施料を受領していたことが認められる。また、右(1)認定の純利益の額の販売額に対する割合は、クロミックPVCコンクゾルが約六二パーセント、コバゾールが約一〇パーセントである。さらに、クロミックPVCコンクゾル及びコバゾールは、温度によって色が変わることに最大の特徴があるものと考えられるから、本件特許発明は、これらには欠かせないものである。これらのことを考慮すると、実施料の額は、クロミックPVCコンクゾルについては、右販売額の一〇パーセント、コバゾールについては、右販売額の三パーセントと認めるのが相当である。

コバヤシが昭和六二年七月から同年一二月までの間にキクチ株式会社に販売した別表五の1の製品四二〇〇キログラムの販売額は、右(3)認定のとおり、一九三万二〇〇〇円であるから、その三パーセントは五万七九六〇円となる。また、被告がコバヤシに販売した右製品の原料たるクロミックPVCコンクゾル一〇五グラムの価格は、右(3)認定のとおり一キログラム当たり六五〇〇円であったから、その販売額は、六八万二五〇〇円となり、その一〇パーセントは六万八二五〇円となる。

(7) 以上の損害額を合計すると、一六四四万二五二四円となり、請求額一四〇〇万円を上回る。

(四) 弁護士費用

証拠(甲一〇の一、二)と弁論の全趣旨によると、原告は、本訴を提起、追行するのに弁護士費用を要したものと認められ、これは、被告の本件特許権侵害行為によって原告が被った損害であるということができるところ、本訴の事案の内容、請求額、認容額等の諸般の事情を考慮すると、被告の本件特許権侵害行為と相当因果関係のある損害額は、五〇〇万円を下回ることはないと認められる。

2  不当利得返還請求

被告が、昭和六〇年七月二五日より後に、サンリオに対して、クロミック植毛布を販売し、その販売量が四万二九八〇メートルであったことは、当事者間に争いがなく、証拠(甲八の一、二)と弁論の全趣旨によると、右クロミック植毛布は、別表二のクロミック植毛布であり、販売額は、合計六八七六万八〇〇〇円(販売単価一メートル当たり一六〇〇円)であったことが認められる。

被告がサンリオに対して別表四記載の各製品を販売し、その数量が別表四の数量欄記載のとおりであったことは、当事者間に争いがなく、証拠(甲八の一)と弁論の全趣旨によると、その販売期間及び販売額は、同表の期間欄及び金額欄記載のとおりであり、販売額の合計は、二九三七万八〇〇〇円であったことが認められる。

ところで、右1(二)(2)認定のとおり、原告は、契約により、販売価格の五パーセントの実施料を受領していたことが認められる。また、被告がサンリオへ右クロミック植毛布を販売することによって得た粗利益の販売額に対する割合は、右販売額一六〇〇円から右1(一)(2)認定の原価八五五円を引いたものを右販売額で割ることによって得られるが、その割合は、約46.5パーセントとなる。そして、これから、右1(一)(2)認定の被告の第一九期における営業費の売上高に対する割合は16.7パーセントを差し引いて、純利益の販売額に対する割合を求めると、29.8パーセントとなる。さらに、証拠(甲三六、乙七〇、七二)によると、別表四記載の各製品の販売総額から原価の総額を引いた粗利益の総額は、一〇三四万八〇〇〇円となり、これは、販売総額の約35.2パーセントに当たることが認められるところ、これから、右の被告の第一九期における営業費の売上高に対する割合は、16.7パーセントを差し引くと、純利益の総額の販売総額に対する割合は、18.5パーセントとなる。しかるところ、これらの製品についても、温度によって色が変わることに最大の特徴があるものと考えられるから、本件特許発明は、これらには欠かせないものである。以上の事情を考慮すると、本件特許権の右クロミック植毛布及び別表四記載の各製品についての実施料率は、販売額の五パーセントが相当であると認められるから、被告の本件特許権侵害行為によって、原告は、右販売額の合計に実施料率五パーセントを乗じた金額四九〇万七三〇〇円に相当する損失を被り、被告は、同額の利得を得たということができる。これは、請求額四〇〇万円を上回る。

3  被告の主張について

被告は、右1、2の各製品の原価に対する示温材料の原価の割合を各製品の販売額に乗じて、示温材料の販売額を求め、それに基づいて損害(損失)額を算定すべきである主張する。しかし、右1(一)のクロミック植毛布と右1(三)のクロミックPVCコンクゾル及びコバゾールのうち昭和六二年一一月以降に販売されたものについては、既に認定したとおり、原告は、被告の製品と競合する本件特許発明の実施品を販売していたか又は直ちに製造販売することができる状況にあったから、被告の本件特許権侵害行為によって、それらの製品を販売することができなかった損害を被ったものであり、その損害は、示温材料を販売することができなかったことによる損害にとどまるものではない(この点について、被告は、右原告製品には、エステル類が含まれているから、本件特許発明の実施品でない旨の主張をするが、これらの製品は、既に述べたとおり本件特許発明の構成要件を充足しており、そうである以上、エステル類が含まれているからといって本件特許発明の実施品でないということはできないし、そもそも、原告が本件特許権を実施していたことは、右逸失利益を損害として請求するために必ず必要な要件であるとまではいえない。)。また、既に認定したとおり、右1(二)のクロミック転写紙、右1(三)のクロミックPVCコンクゾル及びコバゾールのうち昭和六二年一一月より前に販売されたもの並びに右2の各製品について、本件特許発明は欠かせないものであるから、その実施料相当額を算定するに当たって示温材料の販売額のみを基礎とすることは相当ではない。したがって、被告の右主張を採用することはできない。

七  原告の信用毀損行為とそれによる被告の損害について

1  被告は、原告の信用毀損行為によって損害を被ったとして次のような主張をする。

(一) 原告は、昭和六〇年六月七日から昭和六三年五月一三日までの間に、サンリオ、タカラ等の被告の取引先合計七社に対して、被告が原告の本件特許権を侵害している旨の通知を発した。

(二) 原告は、昭和六〇年九月二〇日、記者説明会を開催し、被告が原告の本件特許権を侵害している旨の発表をした。その結果、その旨の記事が、日経産業新聞、京都新聞、朝日新聞等に掲載された。

(三) 右(一)、(二)の原告の行為は、被告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為であり、これによって、被告は、サンリオ、タカラ等の取引先から取引を中止させられた。

(四) 昭和五九年九月二七日から昭和六〇年九月二五日までの一〇か月間に被告がサンリオに販売したクロミック植毛布の合計販売額は、六億三〇八〇万三〇四〇円であり、月平均六三〇〇万円である。したがって、原告の右行為がなかったならば、被告は、昭和六〇年八月一日から、本件特許権の存続期間である平成三年一一月末日までの間に、サンリオに対して合計四七億八八〇〇万円の製品を販売することができた。

また、昭和五九年一一月から昭和六〇年一月までの三か月間に被告がタカラに販売したクロミック植毛布の合計販売額は五二五〇万円であり、月平均一七五〇万円である。したがって、原告の右行為がなかったらば、被告は、昭和六〇年二月一日から平成三年一一月末日までの間に、タカラに対して、合計一四億三五〇〇万円の製品を販売することができた。

被告が右の金額の製品を販売したならば、その一割に当たる金額(サンリオについては四億七八八〇万円、タカラについては一億四三五〇万円)の利益を得たであろうことは明らかであるから、被告は、同額の得べかりし利益を喪失した。

被告は右逸失利益のうち二億円(サンリオについて一億五〇〇〇万円、タカラについて五〇〇〇万円)を請求する。

2  これに対し、原告は、被告の右主張を争うほか、被告主張に係る損害賠償請求権は時効により消滅したと主張する。

3  そこで、判断するに、既に判示したとおり、本件製品中には、本件特許発明の技術的範囲に属する示温材料が含まれており、被告が本件特許権侵害行為を行っていたことは真実であるから、右1(一)、(二)の各事実があったとしても、そのことをもって原告が虚偽の事実を告知又は流布したということはできない。

したがって、被告の反訴請求は、理由がない。

第四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は理由があるから、認容し、被告の反訴請求は理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田武明 裁判官森義之 裁判官鈴木和典)

別表<省略>

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